花をのみ 待つらむ人に 山里の
雪間の草の 春を見せばや
(藤原 家隆 1158-1237)
「侘び」は簡素、質素、静寂に心を寄せる美意識で、茶道において最も発展し完成度が高められたと言われています。建築においては、そのような侘びの茶道と一体に形作られた茶室だけでなく、それに倣った美意識でデザインされた住宅建築が、数寄屋と呼ばれています。しかし、現代の数寄屋は、専門の高度な職人技術を必要とすることや、選りすぐった高価な自然素材で作られるようになったことから、通常かなり高価と言われています。 皮肉にも数寄屋は、世間一般の人々にとって、工事費や社会的地位の面では、「侘び」とは言い難いもののようです。
上の写真は、今から100年ほど前に建てられたカリフォルニアのモダニズム住宅ですが、侘びの美意識や数寄屋らしさを感じさせます。日本の数寄屋様式や自然素材は一切用いられておらず、むしろありきたりの工業材料や新しい工法を大胆に採用し、コンクリート、レッドウッドの規格製材、キャンバス生地、板ガラスといった質素な材料を簡素に組み立てて作られています。工事費はかなり低く抑えられています。
もちろん、この住宅は日本のいわゆる数寄屋として設計された訳ではありません。それでも数寄屋らしさや「侘び」を強く感じさせる要因は何なのでしょうか。
まず、この極限まで削ぎ落としたような簡素さが挙げられます。カリフォルニアの国立公園でのキャンプ体験から発想を得たそうです。次に材料の仕上げ。例えばレッドウッドの部材は無塗装で自然色を見せながら、金属ブラシで擦り木目を浮立たせています。コンクリート壁も色は素材のまま。Tilt-Up(建ておこし)工法のプレキャスト・コンクリートパネルですが、よく見ると表面にシワや凹凸があり、柔らかな印象をもたらしています。打設時の下敷き材に使われたクラフト紙や麻布の生地感やシワをそのまま見せています。
また、建築空間が庭と一体化しているため、建物を囲む自然のほのかな美しさを照らし出す能力に長けているところ。例えば、室内にいる時も、庭の竹の葉が擦れる優雅な音で風を感じられます。この住宅は通称 Kings Road Houseとして知られる、建築家 Rudolf M. Schindlerの自邸です。
このカリフォルニア住宅が示唆しているのは、高価な数寄屋様式の詳細や自然素材は、必ずしも侘びの美意識に不可欠ではない、ということかもしれません。
ありきたりの工業材料や工法を思い切り良く取り入れつつ、その仕上げ方に少し工夫することや、適所に古材を再利用すること。手が届きやすく、本来の侘びの美意識に忠実な建築の可能性がその辺りにもあるようです。
これに関連し、数寄屋ふう意匠のプロジェクトで用いた手頃な素材を以下にお伝えします。
三和土風のモルタル土間仕上げとみかげの飛び石が敷かれたポーチの詳細。このモルタルには素材に土が使われているため、伝統的な三和土に似た風合いがあります。3分砂利を撒いて庭っぽい雰囲気を出しています。
みかげの飛び石は、40年ほど前に廃止された路面電車の軌道敷石を再利用しています。大きさは横60センチ、縦40センチ、厚さ10センチほど。中ノミ仕上げの柔らかい風合いが三和土ふうの土間に馴染みます。
ファサード外壁は、無塗膜、節なし、総赤身、板目、幅150ミリのスギ羽目板。
内装にも一貫してスギを要所に使用。これは壁ニッチ。スギの市松網代で装飾しています。枠も無塗装の節なしスギ材です。仄かにスギの清々しい香りを空間にもたらしています。
もともとの既存の壁面に、浮造りと呼ばれる、ブラシで擦って木目を浮立たせた化粧板が貼られていましたが、これを保存して活かしています。自然光を受けた木目が映えています。
この浮造り化粧板や次の写真のすだれ天井は、もともとの既存建物の内装です。貸事務所の空間はともすれば無機質になりがちですが、既存の浮造り化粧板やすだれ天井を部分的に選定して保存し内装デザインに組み入れることで、コストを抑えながら、数寄屋っぽい風情のある事務所空間にする事ができました。
すだれ天井
すだれ天井と磨き丸太の桁 / 壁留(落天井の廻縁)